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    馬喰達は出て行つた。徳次は残つた。一人でぶつぶつ云ひながら、宛かもそれで勇気をふるひ立たせようとするかのやうに、さかんに身体をぐらぐらさせた。その度に、彼の敵意は露骨になつていつた。橋本屋の主人は何とかしておとなしく引上げさせようと骨を折つた。が、それはかへつて徳次を興奮させた。主人の引きとめる手を払ひのけながら、彼はつひに鬼倉の前にどかりと坐りこんだ。

    「はあ、はあ」

    ――「それでは、わしの方からお礼を云はなきあならんのです。どうぞ、よろしく願ひますわ」

    「ねえ。――はやく。――患者ですわ」

    房一はその玄関土間に足を踏み入れて、

    「理窟があるやうな無いやうな話でね。こゝの隠居は相手にならなかつたから、たうとう訴訟といふ所まで来たんだらうが、何しろ相沢の先代とこゝの隠居とは兄弟だしね、――どんな理窟があるにしてもあまり賞めた事ぢやないね」

    ふたたび相手の鞄にちらりと目をやりながら、練吉は半ば信じない風に訊いた。

    それは盛子だつた。きりつとした割烹着の姿は彼女の伸びやかな身体の特長をよく現はしていた。

    と、何か文句にならないことを口の中で云つて、もう一度低いお辞儀をかへした。

    「おい」と盛子を呼ぶ声がした。

    「さうですね。さつきからどうもさうらしいと思つていたんですが、失礼しました」

    今度は、徳次も完全にびつくりしてしまつた。彼のきよろりとした眼には、どこか少し先きで火事があると聞いた時のやうに、何だか落ちつかない、興昧ありげな色が浮んでいた。

    「あの訴訟はどうなつたのかね」

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