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「へえ。ちよつとばかし――」
と、房一は訊いた。
「とんでもない、わたしの持山ぢやあるまいし、こつちは間で口を利いても礦山のことは素人しろうとだし、向ふは専門家でさあね。そんな煽てにのるやうな連中ぢやないよ」
やつと、徳次は感心した。青島陥落はついこなひだのことで、その時は徳次も提灯ちやうちん行列に出たのである。
「先生、どうしなさる?着て行きますかい」
「あなたは、多分――」
「うむ、さうか。玄関のことか」
「居なくたつて訴訟はいくらでもできらあね」
「金色夜叉」はやはり小説であると、わたしは思った。
「さうですか。それは――」
「そうしてそのお松と言う女は?」
それは何となく不思議なことだつた。家にいたところで別に賑かに喋しやべり立てるわけでもなし、むしろ年中窮屈さうに不服ありげに無口で固い顔をしている茂子が、今この家にいないと知つただけで、こんなに伸び伸びし、自分がさう思ふだけでなく、そこらにある家具までが何となく気楽さうに見えるとは!
「いや、まだ」