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「やっぱりチブスで?」
一人前の医者になるといふことは、何等の学歴もなく又資もとでもなかつた房一にとつては困難をきはめた仕事であり、それだけに心の全部を惹きつけていたものだつたが、今その峠に達してみると、更に前方に見えて来たいくつかの峠が彼の新しい野心を惹きはじめていた。その野心の目的といふものも、彼が東京の市内で散見することのあつた大病院の院長とか、或ひは病理学研究の名声赫々たる博士とか、さういふ粗雑なものにすぎなかつたが、それは名声が彼にとつて魅力があり、院長の威厳が彼に好もしく思はれたのではなく何かしら内部に溢れる野気が単にさういふ粗雑な形の中にその吐け口を見つけようとしたのであつた。
「それあ、あんた」
「さうですか。それは――」
「今日はえらい早いお帰りだね」
やゝあつて徳次が訊いた。
と、何か文句にならないことを口の中で云つて、もう一度低いお辞儀をかへした。
「いや、そこまで確かなことにはしませんでしたが」
一
徳次は急に目くばせをした。
房一はあれから相沢の息子を診みに五六度行つた。殆どその度ごとに会つているので、相沢知吉といふ人物については一通りのことは知つているつもりだつた。同時に相沢の経歴についても聞知していた。
「え」
傍にいた赭あから顔の老人が低い声で云つた。